
多摩大学大学院 経営情報学研究科教授
橋本 忠夫
第7回目のコラム 2007.11.09
ものを正しく数える −ロジスティクスシステム構築の課題− | 橋本 忠夫
ロジスティクスという言葉は元々ギリシャ語のLogistike(計算する)に由来している。それがLogistaというラテン語になり、フランス語のLogistiqueを経て英語のLogisticsになったのであるが、これをみてもロジスティクスの基本は“ものを正しく数える”ことにこそあるといっても言い過ぎではない。
アメリカのC.B.Baker陸軍少佐が「軍の移動と供給に関する戦争科学の一つをロジスティクスという」と述べ兵站を科学的に研究すべき対象として初めて明確に位置付けたのは20世紀に入った1905年であった。したがってロジスティクスに対する科学的アプローチは高々100年の歴史であり、しかもその実際の応用分野は第2次世界大戦まではほとんど兵站分野が中心であった。戦争中英海軍が開発したオペレーションズリサーチ(戦後アメリカに渡りビジネス分野で大きく発展した)という手法も、イギリス輸送船団をドイツ潜水艦の攻撃からいかにして守るかといった兵站分野での成果が圧倒的に多かったのである。そもそも科学的アプローチはものを数値で表現することからスタートする。数字を使わずに科学的アプローチをすることはかなり難しい。またどれだけ高度な数学的手法を駆使したとしても、その基本はやはり事実を表現した数値であり、間違った数値をいかに加工しても意義ある成果を期待することはできない。
人類は有史以来戦争をしているが、弓矢の時代から戦いが始まれば武器・兵糧・兵隊を中心とする兵站機能は当然必要となる。ウッカリミスを本質的属性として持つ人間のすることであるから、大砲の門数・砲兵や砲弾さらには糧食必要量の計算ミスによって戦闘に敗れたことも少なくなかったに違いない。したがって当事者は計算ミスを防ぐため、数え終わったものに印を付ける、表のタテヨコの計を合わせる、といった知恵をいろいろ搾り出したであろうことは想像に難くない。
ところで、コンピュータの発達した現代の知恵はどうなっているのだろうか。メーカーや物流会社では、製品・原材料・人・運送手段などの数の把握は仕事そのものであるだけでなく、企業経営の基礎情報である。その最重要データの把握がどのような情報システムで行われているかをみてみると、驚くべきことに「インプット画面」に向かって人間がキーボードを叩くという構図が未だに圧倒的多数派である。手書きメモを見ながら画面を通じてデータを入力する方法はデータ把握方法としては最悪である。なぜなら第一に一度手書きしたメモを見て画面インプットすれば二重に作業させていることになること、第二に人間は本質的にウッカリミスをする存在であり、さらに自分に都合の悪いデータは改竄したくなる性格を持った存在であるので、データの正確性の保証に問題が生じるからである。ロジスティクスの基本がものを正しく数えることにあるのなら、事実データや実績データの収集・把握から可能な限り人間を排除すべきである。すなわちものの動きの自動インプットにこそ知恵とアイデアを注がなければならない。
昔から鉄鋼や化学プラントなどでは、流量・重量・温度・圧力といった実績データをもとにフィードバック制御をかけるという工程の自動化が進められてきた。したがってその制御データをそのままロジスティクスに活用すれば、人間にインプットさせることなく自動的に正しいデータ(このデータが間違っていれば制御が正しく行われなかったことになり不良品の製造につながるため必ずチェックされる)把握が実現できたわけである。だが他の業界では流量や重量といった連続量ではなく、部品や製品を一つずつ数える離散量であることが多い。数十年前でもビール工場には瓶ビールコンベアの最後にボトルカウンター(機械式段数計)が付いていて製品数だけは自動的に数えていたが、使用ラベル枚数、王冠の数、段ボール枚数を数えることはみな人間の仕事であった。現在では技術の発達によっていろいろな装置が開発され、部分的には便利になったものの全体の一貫情報システムとしては人間が数えて入力する仕組みがまだまだ幅を利かせている訳である。
現在運用中の実績データ収集システムとして秀逸なのはJR東西のSuicaやIcocaカードであろう。「駅から駅へ乗客を輸送し運賃を受け取る」という鉄道会社の基本機能を果たすために、必要データを非接触センサーで把握し自動改札機でゲート制御するだけであるが、それがもたらす効果は大きい。このシステムの金額的メリットはJRから公表されていないため不明であるが、莫大なものになることは疑いない。ちょっと考えただけでも、駅員の省力、キセル乗車の撲滅、切符消滅による切符代削減・券売機へのセット作業や廃棄作業の消滅・現金チェック等の工数削減・切符廃棄の環境負荷低減、データインプット作業者の省力、乗客の移動実績データを用いた種々の計画立案業務の効果効率化、500円デポジットによる財務メリット、駅ナカや駅周辺商店でのキャッシュレス購買等々キリがないほどである。データ把握という観点だけからみても、従来はアルバイトに乗客数を数えさせる、大規模な移動調査を行う、回収切符を収集して分析するといった仕事をしていたのに、今や乗客自身が自ら進んで自分の移動記録をインプットしてくれるようになったともいえるのである。もの(鉄道会社の場合は人)の移動実績すなわち基本機能の業務設計をうまく考案することによって“ものを正しく数える”、すなわち正しいデータの自動収集(インプット)とそれによる大きなメリットを実現した特筆すべきシステムである。
インプット画面によるマニュアルデータインプットは元々人間に向かない作業である。機械のようにワンパターンでやる作業は文字通り機械にやらせるべきである。情報システムを含めたシステム設計者の業務設計能力向上によって、一日も早く「インプット画面」のなくなる日を迎えたいものである。
以上
